母親塾

プロフィール紹介

「あれもこれも欲張らない。

「あれもこれも欲張らない。

<Profile>
1954年生まれ。静岡県出身。つかこうへい事務所を経て、劇団東京乾電池に至る。舞台や映画、テレビなど幅広く活躍し、名脇役としてその名を知られてい る。夫は俳優の柄本明さん。現在、25歳、22歳、19歳の一女二男の母親。二人の息子、佑さんと時生さんも俳優として活躍中。

角替和枝さん語録1 「とにかく総力戦。”お母さんもがんばるから、あんたたちも頑張んなさい”」

 女優という仕事をしながら子どもを育てていくのは、生半可なことではない。時間は不規則、地方公演やロケが入れば、長期間、家を空けることになる。ましてや、和枝さんの場合、ご主人も同じく俳優。しかも、お手伝いさんやシッターさんなど、他人がわが家に出入りすることを好まない人だった。実家も遠く、子育て環境は決して恵まれてはいなかった。それでも、女優をやめなかったのはなぜだろう?  「産むたびに『もう、やめよう』と思うんだけど、“えもっちゃん”が3ヵ月ぐらい経つと言うの。『そろそろ仕事ができるんじゃないの?』って(笑)。彼は、1年365日24時間、芝居のことしか考えられない人。だから、家の中でも“話せる相手”が欲しいわけ。私が子育てのために家に入ってしまうと、映画も観なくなって、世界が狭くなってしまう。そうなると、話が合わなくなるからつまらないのよ。私も大好きな仕事だから、『そお? じゃあ、やらせてもらうわ』って(笑)。その分、彼も子育てには協力してくれましたよ」  柄本明&角替和枝夫妻らしいエピソードがある。それは二人目が生まれてまもない頃。和枝さんにアフリカでのロケの仕事が舞い込んだ。幼い子二人を残しての長期ロケには、さすがの和枝さんも躊躇し断ろうとすると…。 「えもっちゃんが『アフリカなんてなかなか行けるような所じゃないんだから。行ってきなよ!』って。結局、上の子は静岡の実家、下の子は柄本家の実家とそれぞれ預け、えもっちゃんはひとり暮らし、私はアフリカへ。まるで一家離散のような状態(笑)」   夫と妻、二人とも大好きな仕事を続けるために、子育てはとにかく総力戦。なかでも、その人の家で預かってくれるシッターさんに出会えたのは本当に有り難かった、と和枝さんは振り返る。保育園のお迎えはもちろんのこと、急なお泊まりも長期間にわたる預かりも、すべて引き受けてくれた。 「仕事をするためには、とにかく預けなくちゃならない。『おかあさんも頑張るから、あんたたちも頑張んなさい。一緒に頑張って生きていこうよ!』って。そんな子育てだったわね」
「あれもこれも欲張らない。

角替和枝さん語録2 「生まれた時から”演劇の子”。割り切らなくちゃ、育てられない。一点集中!」

 女優という仕事をしながら子どもを育てていくのは、生半可なことではない。時間は不規則、地方公演やロケが入れば、長期間、家を空けることになる。ましてや、和枝さんの場合、ご主人も同じく俳優。しかも、お手伝いさんやシッターさんなど、他人がわが家に出入りすることを好まない人だった。実家も遠く、子育て環境は決して恵まれてはいなかった。それでも、女優をやめなかったのはなぜだろう?  「産むたびに『もう、やめよう』と思うんだけど、“えもっちゃん”が3ヵ月ぐらい経つと言うの。『そろそろ仕事ができるんじゃないの?』って(笑)。彼は、1年365日24時間、芝居のことしか考えられない人。だから、家の中でも“話せる相手”が欲しいわけ。私が子育てのために家に入ってしまうと、映画も観なくなって、世界が狭くなってしまう。そうなると、話が合わなくなるからつまらないのよ。私も大好きな仕事だから、『そお? じゃあ、やらせてもらうわ』って(笑)。その分、彼も子育てには協力してくれましたよ」  柄本明&角替和枝夫妻らしいエピソードがある。それは二人目が生まれてまもない頃。和枝さんにアフリカでのロケの仕事が舞い込んだ。幼い子二人を残しての長期ロケには、さすがの和枝さんも躊躇し断ろうとすると…。 「えもっちゃんが『アフリカなんてなかなか行けるような所じゃないんだから。行ってきなよ!』って。結局、上の子は静岡の実家、下の子は柄本家の実家とそれぞれ預け、えもっちゃんはひとり暮らし、私はアフリカへ。まるで一家離散のような状態(笑)」   夫と妻、二人とも大好きな仕事を続けるために、子育てはとにかく総力戦。なかでも、その人の家で預かってくれるシッターさんに出会えたのは本当に有り難かった、と和枝さんは振り返る。保育園のお迎えはもちろんのこと、急なお泊まりも長期間にわたる預かりも、すべて引き受けてくれた。 「仕事をするためには、とにかく預けなくちゃならない。『おかあさんも頑張るから、あんたたちも頑張んなさい。一緒に頑張って生きていこうよ!』って。そんな子育てだったわね」
「あれもこれも欲張らない。

角替和枝さん語録3 「映画は生きる勇気を与えてくれる。わが子はみな映画に育ててもらった。」

 「ウチの子たちはみな映画に育ててもらったと思う。映画は生きる勇気を与えてくれるからね」。
 職業柄もあるが、和枝さんも柄本さんも根っからの映画好き。「映画を観るのは本当におすすめ!なんでもいいの。内容も大切だけど、制作への熱い思いや想像力、創意工夫がすべて画面から伝わってくるでしょ?それがいいの!映画は、お金のかかる大人のとんでもないおもちゃだから(笑)」
 ちなみに、柄本さんの母上も生前はフレッド・アステアの大ファンで、部屋中に写真がペタペタ。天気よりも映画の話をするおばあちゃんだったとか。そんな家庭に生まれ育ったせいか、三人の子どもたちもみな映画好き。長女にいたっては、大学受験のために通っていた予備校をサボって、映画を観まくっていたとか。その数、1年で370本あまり。そのひとつひとつに対して、自分の感想を書き連ねた“映画ノート”を作っていたという。
「予備校をサボッていたのがわかった時は、そりゃあ激怒! でも、後日、“映画ノート”の話を聞いた時は『あぁ、この子もやっぱりこっちの道に行くんだなぁ』ってしみじみ。結局、一浪して入った大学も中退。今は念願の映画の仕事に就き、制作進行をやってます」 実は、“映画ノート”は和枝さんの真似である。東京に出てきてから観た映画について感想と自己採点評をつづった“映画ノート”を、その昔、和枝さんは長女に見せたことがあった。黄ばんだノートを手に「すごいねぇ」と目を輝かせていたという。 「長男は中学2年の時に、オーディションを受け俳優の道へ。次男もそう。でも、長女は勉強ができたから、普通の道に進んでもいいなと思ってたんだけど(苦笑)」
 やはり蛙の子は蛙。親の背を見て子は育つ、の典型かもしれない。
 さて、三人とも両親と同じ道に進んだわけだが、同業ゆえ心配なことは多々ある、と和枝さんは言う。だからこそというべきか、次男が俳優として仕事を始めてから、「母親廃業」を宣言した。以来、子どもたちは誰に言われたわけでなく、「かあさん」ではなく「和枝さん」と呼ぶ。成長をうれしく思う一方で、淋しくもあり。
「子どもたちはずいぶん親離れしてきたわね。問題は私。廃業宣言したものの、現実にはなかなか子離れできない(苦笑)。子離れすることが、これからの私のテーマかな」
「あれもこれも欲張らない。

角替和枝さん語録4 「とにかく総力戦。”お母さんもがんばるから、あんたたちも頑張んなさい”」

ママリブ会員 受講を終えて・・・

歯切れのいい口調でポンポン飛び出す、柄本&角替夫妻の子育てエピソード。ユーモアたっぷりの話しぶりで、終始笑いっぱなしの1時間。「さすが女優さん!」と、ヘンなところで感心してしまう始末…。とはいえ、笑いながらも学んだことは数知れず。一点集中の子育て姿勢もさることながら、柄本さんと和枝さんの夫婦の在り方に感じ入りました。お互い“俳優”として尊敬しあっている。その姿は、ちゃんとお子さんたちに伝わっているんですね。三人とも両親と同じ道を歩むことになったのが、その表れだと思います。夫婦という人間関係をしっかり築いていれば、子どもはその背中を見て育ってくれるのかもしれません。和枝さん、どうもありがとうございました。