母親塾

プロフィール紹介

「子育て中もチャンスは逃さない!」

「子育て中もチャンスは逃さない!」

<Profile>
1955年生まれ、神奈川県出身。19歳でモデルの道へ。26歳で結婚、長男出産。その後ドラマ初主演、女優業にも挑戦。現在はその傍ら、会社を設立し、デザインのプロデュースやライフスタイルコーディネーターなど多方面で活躍中。現在息子さんは25歳になる。

東紗千子さん語録1 「子育て中もチャンスは逃さない!」

 モデルの仕事は、19歳の時、街でスカウトされたのがきっかけ。「その頃、美容師を目指していたのですが、社会勉強の一つとしてモデルの仕事をやってみるのもいいかなと思い、始めました。ところが、思っていた以上に厳しい世界で、ファッション誌のモデルも簡単には出来ませんでした。1年間という区切りで始めたモデルの仕事でしたが、納得のいく結果を出せず『このままではやめられない』と思い、美容師になること諦め、モデルの道に本格的に進む事を決意したんです」その後は自らコンポジを作成し、営業に…。「多くの経験から何かを得ようと必死でした。いただいた仕事は一つ一つ丁寧にこなしていきました」  2歳年上でグラフィックデザイナーのご主人とは、その頃出会う。7年という長い交際期間を経て結婚。「主人の第一印象は神経質でまじめ。私とは間逆のタイプ。そこに惹かれたのかも…」まもなく長男を出産。「出産を機に仕事は辞めるつもりでいました。当時の雑誌に“ママ”中心の雑誌の需要がなかったので、仕事を続けるのが難しいかなという判断で…。それが、出産後挨拶をしに伺った時、ファッション+ライフスタイルの女性誌、集英社「LEE」のモデルとして抜擢がありました。「チャンスだと思いましたね。事務所の社長にも『(出産)前よりキレイっ』と言われ、ますますやる気も出てきて…。アルバイト感覚で始めてみたのですが、息子はまだ2ヶ月だったので、シッターさんに預けたり、実家の母に預けたり大変でした。その後月40?50本仕事をこなすようになり、母子で実家に住むことを選択しました。主人とは別居状態になりましたが、お互いに充実はしていましたよ。デザイナーとモデルの仕事は生活のサイクルが違うので、お互いストレスにならないためのも別居という選択は間違っていなかったと思っています」  ふとその頃を振り返る京子さん。「息子に直接聞いたのではないですが、多分寂しい思いをさせていたと思います。息子が4歳の頃、夕方5時に鳴る鐘の音を聞きながら、母に『ばぁば、泣いてもいいかなぁ』って言ったらしいんです。私が恋しくなったんでしょうか…。泣く姿を見られたくなくて和室に一人座りふすまを閉めて泣いていたようです。そんな話を母から聞いた時はかわいそうだなと思いましたね。でも息子の為を思って自分の仕事を中途半端に終わらせる事は出来ませんでした。私自身も決意してモデルの道を走り出したので、息子には私の背中を見て育って欲しいと思いましたね。家にいるときは、一緒に遊んだり寝るまでは読み聞かせをしたり、息子と楽しい時間を過ごすようにしました。その時間がとてもいとおしかったです」

東紗千子さん語録2 「親を超えられたという瞬間が成長の証!」

 モデルの仕事は、19歳の時、街でスカウトされたのがきっかけ。「その頃、美容師を目指していたのですが、社会勉強の一つとしてモデルの仕事をやってみるのもいいかなと思い、始めました。ところが、思っていた以上に厳しい世界で、ファッション誌のモデルも簡単には出来ませんでした。1年間という区切りで始めたモデルの仕事でしたが、納得のいく結果を出せず『このままではやめられない』と思い、美容師になること諦め、モデルの道に本格的に進む事を決意したんです」その後は自らコンポジを作成し、営業に…。「多くの経験から何かを得ようと必死でした。いただいた仕事は一つ一つ丁寧にこなしていきました」  2歳年上でグラフィックデザイナーのご主人とは、その頃出会う。7年という長い交際期間を経て結婚。「主人の第一印象は神経質でまじめ。私とは間逆のタイプ。そこに惹かれたのかも…」まもなく長男を出産。「出産を機に仕事は辞めるつもりでいました。当時の雑誌に“ママ”中心の雑誌の需要がなかったので、仕事を続けるのが難しいかなという判断で…。それが、出産後挨拶をしに伺った時、ファッション+ライフスタイルの女性誌、集英社「LEE」のモデルとして抜擢がありました。「チャンスだと思いましたね。事務所の社長にも『(出産)前よりキレイっ』と言われ、ますますやる気も出てきて…。アルバイト感覚で始めてみたのですが、息子はまだ2ヶ月だったので、シッターさんに預けたり、実家の母に預けたり大変でした。その後月40?50本仕事をこなすようになり、母子で実家に住むことを選択しました。主人とは別居状態になりましたが、お互いに充実はしていましたよ。デザイナーとモデルの仕事は生活のサイクルが違うので、お互いストレスにならないためのも別居という選択は間違っていなかったと思っています」  ふとその頃を振り返る京子さん。「息子に直接聞いたのではないですが、多分寂しい思いをさせていたと思います。息子が4歳の頃、夕方5時に鳴る鐘の音を聞きながら、母に『ばぁば、泣いてもいいかなぁ』って言ったらしいんです。私が恋しくなったんでしょうか…。泣く姿を見られたくなくて和室に一人座りふすまを閉めて泣いていたようです。そんな話を母から聞いた時はかわいそうだなと思いましたね。でも息子の為を思って自分の仕事を中途半端に終わらせる事は出来ませんでした。私自身も決意してモデルの道を走り出したので、息子には私の背中を見て育って欲しいと思いましたね。家にいるときは、一緒に遊んだり寝るまでは読み聞かせをしたり、息子と楽しい時間を過ごすようにしました。その時間がとてもいとおしかったです」

東紗千子さん語録3 「親子の絆は言葉より心と心のふれあいから生まれる!」

 「『将来的に自分のやりたいことを見つけて欲しい。自分の楽しいと思うことやって欲しい』と親は子どもに願うのではないでしょうか。子どもが成長過程で挫折を味わうと心配になりますよね。そんな時、親は子どもにどう対応したらいいのか…。私も悩みましたが、すぐに答えを出させようとしないで、子どもの立ち直る姿を温かく見守ることが大切だと実感しました。子どもが親と話をしたくない時期がくると思いますが、自分の世界を大事にしている時なので、なるべくそっとしておいたほうが良いようですよ」  「子どもとは付かず離れず、距離を持って接するのが良い」とおっしゃる京子さん。「小学生くらいになると自分で生きていく知恵は身についているのではないでしょうか。案外子どもってたくましいですよ。焦って子どもの方向性を決めなくてもいいと思います。その子の個性、タイミングもあるでしょうから…」  現在、息子さんはご主人と同じ道を歩んでいるそう。「就職したとはいえ、まだまだ心配は尽きませんね。主人は息子と話が合って嬉しいみたいです。やはり親が面白いと思う事は子どもも興味を持つんですね。家庭の中で自然に身についていくことはとても大事なのではないでしょうか。将来、『一緒に仕事が出来るといいね』なんて話しているみたいです」  デリバリーピザ“ピザーラ”のFC2店舗を運営して、16年目に入るそう。“ピザーラ”のロゴはご主人のデザインだとか。「結婚しても子どもがいても働ける職場を作りたかったんです。この会社はまさにそれを表現しています。ママになっても社会参加し続きける事は難しいことではないと思いますよ。それぞれのポジションで責任を持って頑張ってくれています。私もみんなに負けないように家族を大事にしながら、自分のやりたい道を進んでいきたいですね」

長男 河合宏泰(かわいひろやす)さんのコメント

「子どもの頃、母は夜遅く、私が寝てから帰ってくることが多かったのでやはり寂しい思いはありましたね。でもおばあちゃんがそばにいてくれたので安心はしていました。仕事で忙しいと分かっていたので、母に『寂しい』とは言ったことはありませんでした。幼いながらも気を遣っていたのかもしれません。週末は家族でいられることができたので、嬉しかったです。思春期になるとこれもだんだん恥ずかしくなりましたけど…。今は家族で食事をしたり話をしたりすることがとても楽しいです。母にはこれからも仕事を頑張って続けて、元気でいてもらいたいですね」

ママリブ会員 受講を終えて・・・

伊原純子 受講を終えて・・・ 京子さんはとにかくお美しくて明るい!!そのうえ人に対して温かい、さらに強さもある。 母としてだけでは女性としても目指したい先輩です。 大きく包み込んでくれるような空気は一夜にしてはならず、きっとご苦労もたくさんされてきたからでしょう。でも、それがどこにも見えなくて、「人生楽しいよ?」という気持ちが全身から溢れていらっしゃいました。お花ならひまわりじゃなくさらに上品さを足したダリアのような、目指せ京子姉さんです。 また飲みに連れて行って下さい。もっとお話ししたいです。